2018.07.10 Update
パリ協定で厳しくなるCO2削減目標:タラノア対話と1.5℃
気候変動対策において、京都議定書の次の条約となるのがパリ協定です。これは、2020年以降の、CO2など温室効果ガスの削減目標や削減方法などを決めたものですが、現在、その詳細なルール作りが進められています。
一方、ルール作りとは別に、削減目標を引き上げる動きも出ています。日本は、2030年までの削減目標をすでに示していますが、この目標を引き上げざるを得なくなる可能性もあります。そのことが、今年4月30日から5月10日まで、ドイツのボンで開催された、気候変動枠組み条約の補助機関会合で明らかになってきました。
タラノア対話という新しい試み
気候変動枠組み条約の国際交渉は、百数十か国もの交渉官が一同に会して行う会議です。そのため、交渉は簡単には進みません。こうした状況にあって、建設的な「促進的対話」を進めることが求められていました。その試みが「タラノア対話」です。
タラノアとは、ポリネシアの言葉で、人々が車座になって行なうオープンな話し合いのことです。昨年のCOP23(気候変動枠組み条約第23回締約国会議)で、フィジー出身の議長らによって提案され、行われることになったものです。
ルールは、参加者が建設的な考えや経験を発表し、意見交換を行うというものです。また、批判や否定的な意見は控えることも特徴です。
今回の論点は3つ、気候変動問題において「我々はどこにいるのか」「どこへ行きたいか」「どのようにして行くのか」です。また、スケジュールですが、今年末にポーランドのカトヴィツェで開催されるCOP24までが準備フェーズの対話、そしてCOP24で閣僚級による政治フェーズの対話が行われ、報告書がまとめられます。
今回の実質的なタラノア対話は、5月6日の日曜日に開催されました。およそ300人が7つのグループに分かれて議論を行い、5月8日にその報告が行われました。
報告によると、対話はいい雰囲気で行われ、温室効果ガス排出削減目標の不適切さや解決するための具体的な提案の共有などが行われたということです。特に注目すべきことは、パリ協定では今世紀末の平均気温上昇を1.5~2℃未満にすることになっていますが、タラノア対話では1.5℃未満ということが共有されるようになっていたということです。
パリ協定では、5年ごとに各国が削減目標を見直しますが、この作業をグローバルストックテイクとよんでいます。タラノア対話はその最初になるという認識もなされたようです。
1.5℃未満に進む世界
気候変動枠組み条約においては、削減目標だけではなく、資金・技術移転などさまざまな論点があります。削減目標に限っても、実は日本を含めた各国の目標では、今世紀末の気温上昇を2℃未満にするには大きく不足しています。しかも、2℃未満ではなく1.5℃未満にすべきという考え方も根強いものがあります。図1は、UNEP(国連環境計画)の排出量ギャップ報告書の図(出典:UNEP)です。黒い線は今のままだとどのように温室効果ガス排出量が増えていくのかを示しています。また、黄色が現在の各国の削減目標を達成した倍です。これに対し、2℃未満にするためには、黄色の線以上に大幅な排出削減が必要なことがわかります。まして、1.5℃未満にするには、2020年以降、より厳しい削減が必要なことが示されています。
図1
しかし、削減目標をより野心的なものにしていく議論は深まっていません。タラノア対話にはこの点を深めていく役割もありました。その結果、明らかになったことは、各国とも野心的な削減目標が必要であることは認識しているということでした。
また、1.5℃未満には、もうひとつの背景があります。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)がこの秋に、1.5℃未満に関する特別報告書を公表することになっているのです。その内容によっては、各国が温室効果ガスの削減目標をより野心的にしていく方向に大きく動きだす可能性もあります。
さて、パリ協定では、日本を含む世界各国は、2025年ないし2030年までの削減目標を持っています。また、5年ごとに見直しをするのですが、2025年までの目標の国は2020年までに次の目標を、また2030年までの削減目標を持つ国は同じく2020年までに目標を変更するかどうかを、表明することになっています。日本は2030年までの目標となっていますので、そのままでいいか、さらに削減するのかを判断することになります。目標はあくまでも、自主的に決めるのですが、交渉の上で日本もより野心的な目標に変更する可能性があります。もっとも、気候変動対策としては、日本は目標数値をより野心的に引き上げるべきだとは思いますが。
雰囲気が様変わりしたというCOP
今回の補助機関会合に参加したあるNGOの方によると、会議の雰囲気は10年前とは大きく変化したということです。大きな違いは、会議の脚を引っ張る参加者がいないということでした。かつて、ブッシュ政権時代の米国は、脚を引っ張る代表的な存在でした。しかし、トランプ政権下の米国の交渉官は、米国の国益のために建設的に議論に参加しているということでした。トランプ大統領はパリ協定の離脱を表明しています。しかし、筆者が考えるに、米国全体としては、パリ協定を支持する層が根強く、多くの自治体をはじめ、エクソン=モービルのような企業でもパリ協定を支持しています。また、トランプ大統領自身、そもそもパリ協定にあまり興味がないのかもしれません。
また、先のNGOの方によると、参加者全体に共通するのは、すでにパリ協定が発効しており、これを確実なものにしていけばいい、という安心感があるということです。
さて、温室効果ガスの排出削減目標は、エネルギー政策にも大きく関わってくることです。また、産業構造の大きな転換も必要となっており、痛みが伴うことでもあります。それでも、持続可能な地球のためには、進めなければいけない、というのが、国際社会の認識となっているということでしょう。図2は日本の削減の推移と目標を示したものです(出典:環境省)が、現状の施策だけでは削減が難しいことがうかがえます。
図2
近年、日本ではすっかり関心が低下している気候変動問題ですが、今年末のCOP24以降の国際交渉については、もっと注目する必要があります。
(参考)
IISD : Earth Negotiation Bulletin(GISPRI IGESによる和訳版)
CAN-Japan 国連気候変動ボン会議報告会
その他
Text by 本橋恵一(エネルギービジネスデザイン事務所)