韓国で進む、市民仮想発電所プラン

2019.05.31 Update

仮想発電所 市民出資

韓国で進む、市民仮想発電所プラン

韓国のスタートアップ、H Energyは、地域にある再生可能エネルギーや蓄電池システムを効率的に運用し、エネルギーの地産地消などを目指す事業を展開しています。効率的運用にあたって、AIを活用していますが、注目すべきは、これだけではありません。設備を設置するのは市民であり、事業の利益も市民に配当されます。市民仮想発電所なのです。大規模集約型だった電気事業が、分散型のシステムに進化していくことに対応し、事業そのものも市民の手に取り戻そうというのが、創業者であるハム・イルホン氏の考えです。

日本では市民発電所は全国各地にできています。H Energyが目指すのは、発電だけではなく、使い方、さらには電力市場そのものを、市民の手に取り戻そうということです。

H Energyの事業モデル

では、H Energyの事業はどのようなものなのでしょうか。それは、これまでの集中型の電力システムではなく、分散型の電力システムを前提としています。

電気は大規模発電所だけではなく、住宅用を含めた太陽光発電など分散型電源があり、停電・災害対策と効率的利用を兼ねた蓄電池システムも増えています。こうした設備を持つ需要家は、プロシューマー(プロデューサー+コンシューマー)ともよばれています。つまり、発電は電力会社だけではなく、消費者も担うようになってきたということです(図1)。

とはいえ、太陽光発電も蓄電池も、一需要家だけで使うのはもったいない。太陽光発電の余った電気を使いたいというところもあるでしょうし、空いている蓄電池に充電しておきたいというところもあるでしょう。そこで、こうした、太陽光発電や蓄電池などの分散型エネルギー資源のシェアを行う”DERShare”というのが、H Energyの基本的なサービスです。

サービスを受けるのは、主に事業所になります。このサービスではまず、事業所の過去の需要データを分析し、シェアするのにふさわしい太陽光発電や蓄電池システムを選び、電気代の削減効果をシミュレーションします。ここまでは、プラットフォームを通じた無料サービスになります。そして、実際の運用にあたっては、事業所にエネルギーマネジメントシステムを導入するなどにより、事業所のエネルギーの使用パターンなどを最適化し、さらに電気代を削減します。同時に、事業所の太陽光発電や蓄電池システムの設置などにも対応します。もちろん、サービス提供に利用している太陽光発電や蓄電池システムの監視も行っています。

マッチングやシミュレーションおよび運用にあたって、AIや金融工学などを使っているということも、特色となっています。

市民仮想発電所という発想

H Energyは、サービスのプラットフォームを提供していますが、サービスのリソースそのものを提供しているのは、需要家です。すなわち、プロシューマーということになります。そして、韓国政府は「再生可能エネルギー2030」という目標を持っています。これは、2030年に再エネ電力を20%にまで向上させようというものです。特に太陽光発電は、2030年には約36.3GWにまで拡大する見通しです(図2)。その結果、プロシューマーは拡大していくことになります。すなわち、エネルギー事業は、電力会社ではなく住民主導型に変わっていくということです。

日本の固定価格買取制度(FIT)は、再エネの電気を買ってもらう制度です。しかし、ここで考えられているのは、プロシューマー自身が電気を市場で売る、ということです。そう考えると、H Energyのプラットフォームは、地域の小さな電力取引市場という見方もできます。しかも、取引コストがゼロに近くなっています。

また、市民は太陽光発電や蓄電池システムの設置にあたって出資することや、自ら設備を導入することで、市場に参加し、利益を得ることができます(図3)。そして、地域でお金がまわることで、設備の増強ができれば、より安定したエネルギーの効率的利用が可能となりますし、環境の整備が事業者の誘致や新事業の創出につながるかもしれません。

日本では、全国各地で市民出資による「市民発電所」ができていますが、H Energyがサポートしているのは、発電だけではなく効率的な利用も含めた「市民仮想発電所」だといえるでしょう(図4)。

また、市民出資は、小規模のファイナンスに優位性があります。地域の小規模な事業の場合、どうしても資金調達などの金融コストが高くなりますが、だからこそ市民によるファンドが適しているといえます。また、市民が出資するということで、地域でお金がまわっていくということも、地域にとっては重要なことです。

まず、ソウル「エネルギー自立村」でモデル事業

H Energyでは、年内のサービス開始を目指していますが、その準備として、ソウル市で実証試験を行っています。サイトは、銅雀区の「エネルギー自立村」です。エネルギー自立村というのは、福島第一原発事故を契機に、韓国政府がエネルギー転換を進めるために開始した制度で、3地点以上の住宅や事業所で構成した、節電などの事業に取り組む地域といえばいいでしょうか。

このエネルギー自立村に対し、市民出資によって設立されたエネルギー協同組合がDERShareのリソースを提供し、得られた利益を市民に配当していくというのが、モデル事業です。

韓国の再エネの電気の比率は、2016年には7%でした。これを20%に引き上げるにあたって、韓国内には屋根をはじめ、空き地などもまだまだあります。こうしたスペースに、10~30kWの発電所をたくさんつくっていくことができます。また、韓国東部の江原道など、再エネの開発ポテンシャルが高い地域もあります。

自分たちでつくった電気を自分たちで売る、というしくみは、野菜の直売所にも似ています。自分たちでつくった野菜を自分たちで売っているのですから。

また、市民出資というしくみは、日本から学んだということです。日本の市民発電所が、韓国で市民仮想発電所へと進化した、といえばいいでしょうか。その根底にあるのは、エネルギーを大資本に依存するのではなく、市民・地域の手で運営していく、というパラダイムシフトです。

今後、事業がどのように展開していくのか、注目していきたいと思います。

 

(出典:図1~4は、ハム・イルホン氏の論文より、また、表紙の図は、H Energyのホームページより)

H Energyホームページ

http://www.henergy.xyz

 

Text by 本橋恵一(エネルギービジネスデザイン事務所)