SAPのコネクテッドカー:「見える化」の先に見据えているものとは?

2017.10.31 Update

インタビュー IoT

SAPのコネクテッドカー:「見える化」の先に見据えているものとは?

SAPは、ERPパッケージを提供する世界有数のビジネスソフトウェア企業です。近年はIoT、ビッグデータ解析、クラウドサービスなどERP以外の新しい事業の比率が高まってきています。本日は、コネクティッドカー関連の取り組みと今後の展開について、SAPジャパン株式会社 インダストリークラウド事業統括本部 ディレクターの松尾康男氏にお話を伺いました。

インダストリークラウド事業統括本部 ディレクター 松尾康男氏

コネクテッドカー事業の背景には、SAPの事業転換がある

―コネクテッドカー事業に取り組んだのには、どのような背景があったのでしょうか?

松尾氏 SAPは従来ERP事業が事業の大半を占めていましたが、2005年ごろからは新しい領域へも事業展開を行ってきました。IoT技術の進歩、センサーや通信費の値下がり等の環境変化や、インメモリーコンピューティングプラットフォームであるHANAの開発やデザインシンキングという新しい事業開発手法の採用などが原動力となり、直近の5年間で売上は倍増、新規事業が総売上の6割を占めるほどになりました。

このように新規事業へも着手するうえで、SAPでは、「Infinity Loop」というフレームワークを用いています(トップ図参照)これは、IoTを用いて従来見えなかったデータが可視化され、対象のセンサーデータを分析し従来得られなかった洞察を得、分析したデータを活用して最適なプロセスを構築、更には新しいビジネスモデルやサービスを産み出すという価値連鎖を示しています。コネクテッドカー事業もこのフレームワークにのっとっており、今回はデータの可視化にフォーカスしたSAP Vehicle Insightsと新しいサービスを提供するSAP Vehicles Networkというふたつの製品を中心にご紹介します。

データ活用でドライバーに新たな価値を提供

―SAP Vehicle Insights、SAP Vehicles Networkについて詳しくお聞かせください。

松尾氏 SAP Vehicle Insightsは、車両の運行状況や位置情報の管理、ドライバーの健康状態の管理などができるアプリケーションです。単純なデータ可視化だけでなく、運転の様子をリアルタイムでモニタリングし、危険な運転にはアラートを出すこともできます。すでに日本のバス事業者との実証実験が行われた他、農業やフォークリフトなど、様々な適用シナリオを考えています。

SAP Vehicles Networkは、「せっかくデバイスや通信ネットワークを整備して運転状況を見える化したのだから、新しいビジネスにつなげることができないか?」と考えて生まれました。数年前から各国の自動車会社と給油やパーミングなど個別の実験を重ねてきたものを、複数企業が参加可能なマーケットプレイス形式のサービスとして提供したのがポイントです。このシステムを用いれば、コネクティッドカー向けにサービスを提供したい事業者は、SAPが提供するサービスインベントリと共通化されたプロセス、決済手段などを活用して、素早くサービスを立ち上げることが可能になります。

例えば、Hertzレンタカーは、SAPの子会社で経費精算のクラウドサービスを提供している「concur」と連携、SAP Vehicles Networkを利用して旅行中の給油や駐車場の予約や決済までをオンラインで済ませることができるサービスを検証しています。特に法人ユーザは、必ず経費精算を行う必要があることから、非常に利便性が高いサービスではないかと思われます。

給油やパーキングといった、いったん当たり前のサービスにも、IoTやデータを活用することで新たな価値を提供できる良い例ではないかと思われます。

企業内にとどまらず、業界全体やその先の産業構造・社会変革を見据える

―今後の展望としてはどのようなことをお考えですか?

松尾氏 IoTやデータ活用の可能性はビジネスだけではなく、規制改革に切り込む力さえ持っていると思っています。2016年に軽井沢で高速バスの痛ましい事故が起きましたが、車両や運転手自身の健康状態を常にモニタリングできるようになれば、このような事故を防ぐことができるのではないかと考えています。実際にSAPでは、NTTと東レが開発した心拍計測シャツ「hitoe」を用いて、福井県の京福バスと車両とドライバー、両者の様子をモニタリング、データ分析を行う実証実験を行うなど取り組みを進めています。

公共交通や物流事業者での近年の最大の課題は、人手不足への対応ですが、リアルタイムのモニタリングを前提に、運転時間などの規制を緩和できないか、国土交通省などとも議論を始めています。規制のあり方自体、データを活用することでより効果的な形をとりうるのではないかと考えているところです。

データを測定する仕組みを構築したら、それを一社だけでなくいろいろなステークホルダーで活用していくという考え方を、私たちは持っています。コネクティッドカーだけなく、例えば建設業界で、コマツ、ドコモ、オプティムの4社で立ち上げたLANDLOGも同様の問題意識から生まれたものです。これが「Infinity Loop」を回していくSAPの新しいビジネスモデルなのです。SAPは、一企業の中だけでなく、業界全体や社会に対して、広く活用するアイデアを常に生み出していきたいと考えています。


常に「持っているシステムをどう活用するか?」と一歩先を考えているからこそ、SAPは最先端の企業であり続けるのでしょう。それは松尾氏個人にも言えることなのかもしれません。いつもトレンドの最先端を考えている松尾氏は、参考になる事例もない状態でも道を切り開いていくといいます。「一人で前に進んでいるから、振り返ると誰もいない。だから、人に文句を言われることもない」と冗談交じりにお話し頂いたのが印象的でした。